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ぼくの部屋の目の前の中庭の木に、鳩がじっ〜と飛ばずに寒さに耐えている。
鳩が飛ばなくなったら気温がマイナスになったとぼくは勝手に思っている。そんなある日の冬のアムステルダム。それでも7年前よりはずっと冬が暖かくなった。オランダに来た最初の年、アムステルダムの近郊に住んでいて、バス停が吹きっさらしの寒い場所にあったので、冬は防寒完全装備で出かけ、いつも同じバスに乗るオランダ人のOLの人と毎日「あと5分だね、もうすぐ来るよ」と、冬山で遭難した人のように励まし合いながらバスを待っていた。それが2年前の冬はとてもぬるく、冬だから手袋買わないとなと思いながら、あっさり手袋なしで春を迎えてしまった。まさに「地球温暖化」というのを肌身に感じた瞬間だった。実際に温度も上がり、運河も凍らなくなると、さすがになんとかした方がいいんじゃないかとも思う。しかもオランダはNederland(低い土地)」という国名だけあって、海の水位が上がると最初に水の底に沈んでしまうので、せめてこれまで以上はCO2を出さないように、そして今まで以上に慎ましく生活している。
地球温暖化の問題もさることながら、日々報道されるニュースを自分のこととして実感するのことはなかなか難しい。たとえば80年代バブル崩壊のとき、ぼくは東京で学生だったし、親は公務員だったので、何がバブル経済で、何が崩壊したのかよくわからなかった。ただあんなに分厚かったバイト情報誌が、みるみる薄っぺらいフリーペーパーみたいになったある日、部屋の奥に残っていた昔と今のバイト情報誌を並べて、3センチくらい薄くなっているのを確認した。それで日本から3センチ分の何かが消えたんだなあと、その時自分なりにバブル崩壊を見た気がした。
ぼくが今まで見た一番深刻な不景気は、経済封鎖時期のユーゴスラビアだった。国民のほとんどが失業者か兵士だった。そこは経済というものが死んだらこうなるという見本市であった。珈琲の値段がハイパーインフレで1時間ごとに倍々で上がっているのに、量が日に日に少なくなるような状態だった。それでもなんとかみんな生きぬいてきたのは、ほんとうにすごいことだとと思う。

たぶん今まで一番肌身に感じた世界のニュースは、昨今の金融危機だ。それは知人のアイスランド人の口座からお金が引き出せなくなったことと、円高・ユーロ安で安いぼくの家賃でさえ、日本円換算でウン万円単位で値下がりしたことだ。世界規模で見れば未曾有の経済恐慌だけれど、なぜかぼくの生活は、為替変動で少しだけ楽になった。とはいえ、生活が激変したわけでもなくて、毎回マーケットで今まで買わなかったトマトをエキストラで購入するようになった程度の変化しかない。たくさんの銀行が潰れたり、企業が倒産したりしても、ぼくの生活レベルでの変化は依然としてトマトのレベルだ。
この話を書きながら、禅問答にある『風になびく旗』の話を思い出した。風になびく旗を見ながら、二人の僧が「あれは旗が動いているのだ」、「いや、風が動いているのだ」と言い争っていた。そこに通りかかった慧能がいった。「旗が動くのでも、風が動くのでもない。動いているのはあなたたちの心だ」きっとそうなのかもしれない。
でも、ぼくのそんな意識とは関係なく、海の水位は年々上昇しているし。金融危機の影響もこれからもっともっと深刻になって、ぼくのアムステルダムの生活も大きく変わるのかもしれない。ぼくも悪いニュースを見るたびに、心はいろいろと動くけれど、トルコ大震災によって崩壊した建物の横のテントで笑いながら食事をしていた家族を思い出すとなぜか安心する。百万が一、戦争になって、焼け野原になっても、瓦礫うえでカレーでもつくって、笑って食べられたらそれはそれでよしだなあって思う。
2008.12.31
