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| 「'04/5/18」 | ※掲載作品は、画像をクリックすることで購入可能です。 |
(承前)さてさて、僕がもらった賞の名前は「木村伊兵衛写真賞」と言います。授賞の連絡が来て、「今後のスケジュールについて打ち合わせを」ということになり約束の日に編集部に行くと、編集長以下数名が待っていて、すぐに別室に連れていかれました。
部屋に入ると撮影の準備が整っていて、「あれれ?」と思う間もなく、編集長じきじきのインタビューが始まりました。最初の質問は「木村伊兵衛についてどう思うか」でした。
木村伊兵衛?
とっさに思ったのが「賞」が抜けているということでした。僕には彼の個人名より「木村伊兵衛賞」という名称の方が遥かに馴染みがありました。あれほど欲しい賞だったのに、写真家としての木村伊兵衛にはほとんど関心を向けたことがなかったのです。迂闊でした。賞をもらえるとわかっていたら、もっと早くから彼に興味を持っておいたのにと後悔しました。
僕は焦りました。「何も知らない」などと本当のことを告げては礼を失すると思いました。わずかに知っている数枚の写真を思い浮かべながら必死に考えました。そして思いついたのが「ハレとケ」の話でした。
木村伊兵衛は「ケ」の写真家である。
彼の有名な写真、たとえば秋田の青年が腕を組んでいる写真や馬が板塀のまえで尻尾を振っている写真などはさすがに知っていました。しかしこのとき思い浮かんだのは、ある画廊で見たオリジナルプリントでした。写真家の北井一夫さんが持ってきたのをたまたま見たのです。未発表のものらしく、沖縄を中心に東京の風景もありました。
その写真が、実につまらない。僕は北井さんの写真を尊敬しています。しかし、その北井さんが賞賛するこの写真は、どこをどう見ればあのように賞賛できるのか、少しもわからない。あまりに普通の、なんでもない風景がそこには写っていたのです。
人はハレの日に写真を撮る。しかし、なんでもない日常にカメラを向けることは滅多にない。日常の方が遥かに大切であるにもかかわらず。そういうものに注意を向けるのは案外緊張を強いられるからでしょうか。
フィルムが貴重だったあの頃、そんな当たり前のものを写し続けるのは馬鹿げた行為だったに違いありません。それがいかに奇妙な事かは同時代の高名な写真家・土門拳と比べてみるとよくわかります(ちなみに土門拳は「ハレ」の写真家だと思っています)。
僕は、写真は「ケ」のものであるべきとずっと考えてきましたが、このときようやく彼に"出会った"のです。
一見つまらないものを写し続けた写真家、それが僕にとっての木村伊兵衛です。そして、そういう緊張感を持続しつづけることは、実に偉大なことだと思います。
ついでに言うと、馬鹿げたことをクソ真面目にやっている、そういう作品が僕は好きです。
タカのリュウダイ/’07/05/10
次回のUP日は、6月8日を予定
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